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2008年04月02日

【熊本県近代文化功労者】23世 追風氏 その弐




写真は西南戦争の絵図


※アンダーラインの入っている文字は、語句の説明のリンクに、行きます。

【熊本県近代文化功労者】23世 追風氏 その弐


吉田司家十四世追風をへて十五世追風の時、縁あって 細川藩主綱利公 に仕えることになります。

このような経緯で吉田司家は京都から熊本に移住しました。

司家は、 好角家 の大名細川家の懇望をことわりきれなかったということも事実としてあるようです。 

十九世 追風吉田善左衛門の時、寛政三年、寛政六年の

2度にわたっての 第11代 徳川家将軍徳川家斉公  上覧相撲 があり、

両度とも吉田善左衛門はその行事官をつとめた為、

それが非常に評判となったことも又、理由の1つにあったようです。

細川綱利公に、招聘され熊本 肥後細川藩に、武家奉公に熊本に来た吉田司家は、

二十世追風の時、五条家との間に諍いが起こります。

これが、世に言う 五条家による横綱授与の問題 で、

それも藩主細川家の適切な処置によってことなきを得ました。

その問題の後、吉田司家は

二十一世追風、二十二世追風時代と、さしたる事件も、無かったようです。
  

 西 南 役 ま で

 
吉田善門は二十二世追風吉田善左衛門の御長男です。

母は植野氏で安政三年二月―廿五日彼は横手町の母の生家に生まれ、

この母の生家の植野常備はのち高麗門連をひきいて陣神風連の幹部として一挙に参加して死に、

後の世に長く、その名を残しています。

23世追風が、後の明治十年の西南の役( 西南戦争 に参加したのも、この叔父の影響がなかったといえないでしょう。

22世追風(父)もまた 細川藩校時習館 の訓導(先生)になったほどの人物だったのです。

その参に、つづく・・・・・・


【許可無く記事の転載は、しないでください。NPO行司 塘居 輝也】


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この記事へのコメント
学生時代は熊本に住んでいたので、熊本の話題には敏感に反応してしまいます!!

熊本と相撲がそんなつながりがあったとははじめて知りました。

いいブログですね!!

また遊びに来させてもらいます。
Posted by 筑紫野市商工会ブログ at 2008年04月03日 14:04
筑紫野市商工会ブログ 様

ありがとうございます。

熊本で就学されたんですね。

御出身は、福岡ですか?

これからも、よろしくおねがいします。

塘居 輝也
Posted by 行司行司 at 2008年04月04日 16:03
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