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2008年04月03日

【熊本県近代文化功労者】23世 追風氏 その参



【熊本県近代文化功労者】23世 追風氏 その参


慶応元年正月、23世 吉田追風(善門)氏は、肥後(熊本)※1 藩校時習館 に入学、

明治元年四月同館講堂に転昇している。

明治元年十一月、藩主より学業の進歩が著しいく良いということで、表彰されています。

武道は剣術、槍術、躰術、居合、馬術、踏水術・および軍学を修め

そのうち躰術と踏水術は奥儀相伝をうけました。

明治五年五月、23世 善門の父は感ずるところあって隠居されたので、

吉田善門氏は十六才の若さで家督を継ぎ二十三世 吉田司家追風となりました。

しかし記録には文久二年四月に、十三世追風の二百五十年祭を23世が執り行ったということになっています。

文久二年といえば23世が七才の時ですので、もちろん父君(22世)の後見によるものではあると思いますが、

それにしても幼いながら相撲の司家の嗣子という体認をさせられるよき機会であったようです。

家督をついだ年の九月には熊本花畑館邸(旧細川邸)で、※2  上覧相撲  を、執り行っています。

そして、しばらくすると(翌・明治五年三月)、熊本県庁から、次の様な、御達しがありました。
 
『これまで相撲頭取および会所など町方より甲付置候分はすべて廃止し、

自今は其方家より所柄故障など無之人体へ甲付け候分は勝手たるべし云々』


というのである。この一片の達しによって力士頭取や相撲場所などみな、吉田司家の管轄になりました。

同年五月また、熊本城ニノ丸御殿で、※2 上覧相撲 がありました。

23世 追風が、これを勤めたのはいうまでもありません。

明治十年は吉田司家 23世 追風(善門)、22歳の時でした。


その四に、つづく・・・・・・






※1 『藩校時習館』

藩校時習館(はんこう じしゅうかん)、九州細川藩(現、熊本県熊本市)第8代藩主細川重賢(しげかた)が宝暦5年(1755年)に設立した文武両道の藩校。明治3年(1870年)に廃校になった。

細川内膳家の長岡忠英を初代総教(総長)に、秋山玉山を教授に迎えて開校し、115年続いた全国に名を知られた藩校のひとつである。熊本藩士族の文武両道、質実剛健の気風を育てたとされる。




※2 『上覧相撲』

上覧相撲(じょうらんずもう)は、将軍の観戦する大相撲のこと。

広義には、鎌倉時代や室町時代にも上覧相撲は行われていた。これは武芸としての相撲の技を、武士が主君である将軍に披露し競いあったものである。また戦国大名もしばしば相撲大会を催し、優秀な者は家臣に取り立てることもあった。

狭義の上覧相撲は、興行としての勧進相撲の成立した江戸時代、11代将軍徳川家斉と12代徳川家慶の時代に、いずれも江戸城吹上で計7回催されたものを指して言う。


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この記事へのコメント
いつの時代も文武両道は大事ですね。
Posted by 力士マン at 2008年04月03日 20:34
歴史って結構学生時代苦手だったけど・・・
相撲と関連してるとなるとなんだか楽しくなりますね・・・
相撲の歴史を知るついでに、他の日本史も・・・みたいな・・

熊本に行きたくなっちゃいます・・・
Posted by tweety at 2008年04月03日 20:43
力士マン様

文武両道・・・・・なかなか出来ないですね。

現代に、注釈すれば・・・・

現代の文の部分の教育が、力を失っていますね。

もっと、道徳や儀心なども、学習要綱に取り入れて頂きたいものです。
Posted by 行司行司 at 2008年04月04日 16:09
tweety様

コメントありがとうございました。

私も、世界史と日本史を分けて学びましたが、社会に出てから、仏教史を学びました。

その時、世界と日本史がリンクし、素直に記憶に残るようになりました。

今日本の教育の悪いところは、知識だけを詰め込み、その知識を応用する力までは、指導出来ない所にあると思います。

もちろん、一部の能力の高い人は、教わらなくても出来る方もいると思いますが・・・・

一般的には、中学以上で学ぶことの大部分が、社会に出ても使い切れない・・・忘れる・・・この悪循環に落ちっていると思います。

日本には、人材という資源しかないわけですから、もっと全国民で力を入れて、予算も確保し、教育者の待遇も上げていかなければ、日本は衰退の一途をたどると思います。
Posted by 行司行司 at 2008年04月04日 16:17
吉田善門氏は十六才の若さで家督を継ぎ、二十三世 吉田司家追風となりました
・・・ これって、凄いですね~、ビックリ。・・・


責任ある家督を長男に譲る。・・ってことは、

先人たちの智慧なのでしょうか・・・?

親が健在中に、一家で長男を一人前にする

家系とか・・伝統なのか・・不明ですが・・・

生れながらの長男って、大変な責任と期待

感が、あったようですね。

親子断絶とか家庭内事件のニュースが、多

いい現在、見直すべき問題だと想った次第

です。
Posted by rakuten23 at 2008年04月04日 17:05
家長制度というのは、日本文化の誇りです。

是非、もう一度復活させ、家族の再構築を図るべきだと思います。

もちろん、旧制度は女性軽視の制度でしたから、そこは改善してという前提ですが、・・・・

私は核家族化が、いまの日本をだめにしていると思います。

家族のことでさえ、無関心という末期的な状況です。
Posted by 行司行司 at 2008年04月06日 08:52
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