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2008年03月15日

学生横綱に練絹(ねりぎぬ)を授与

学生横綱に練絹(ねりぎぬ)を授与

熊本市碩台小学校校庭にある本山彦一の生誕記念碑


大正八年十月大阪毎日新聞は初めて全日本学生相撲選手権を開催することになった。同社社長 本山彦一氏は、二十三世 追風吉田善門に大会個人優勝者に横綱を授与してほしいと懇願してきた。この本山彦一氏は善門より三歳上の熊本での幼馴染で本山彦一氏は、嘉永六年(1853年)の生まれで善門と同じく肥後藩校 時習館に学び、その後慶応大学に進み卒業後一時兵庫県へ奉職したが後に官界を去り、時事新報に入りその後、明治二十六年大坂毎日新聞社五代目の社長となった。善門は、ことに本山彦一氏の依頼であり、これを快諾し、アマチュアの横綱に対し、横綱ではなく練絹としての絹手綱(きぬたずな)を授与することにした。そして大阪相撲協会行司木村正直等を引き連れて大会に臨んだのであった。第一回の優勝者となった神戸高等商学校 田中四郎に、この絹手綱を善門は、授与したのであった。(この絹練りの手綱は身にまとう物ではなく、頂ものである) その後、昭和七年(1932年)本山彦一氏八十歳の時 郷里熊本市の碩台小学校校庭の一角に建設された彼の誕生記念碑序幕式に出席し同席した善門と久々の旧交を暖めたものであった。

第54代 横綱輪島は本大会で学生で二回の学生横綱になり、合わせて三回の横綱を25世 吉田追風から授与された。


学生横綱に練絹(ねりぎぬ)を授与

写真は学生横綱になった同志社大学 服部祐児に絹手綱を渡す25世 吉田 追風

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Posted by セレスピード熊本 at 10:11│Comments(4)【学生相撲関連】
この記事へのコメント
読み進めば進むほど、相撲というものは熊本にゆかりのあるものだったんだと・・自分の無知が恥ずかしくなります。
「不知火型」の発祥も知らなくて、記事を拝見して知りました。

聞きなれた言葉でも、意味を知らなかったり、間違った解釈をしていたり。。初めて耳にする言葉を聞き流していたり。。
もう少し触れるモノ・コトに対して丁寧に接していきたいと思うこのごろです。「調べてメモをする」というのも年頭にした決まりごとのひとつです。
Posted by ごはんごはん at 2008年02月20日 00:43
ご飯様

さっそくのコメントありがとうございました!

本日は、【相撲三神】について、記事をかく予定です。

ぜひご覧ください!

お昼すぎぐらいになると思います。
Posted by ◆【NPO法人行司】◆◆【NPO法人行司】◆ at 2008年02月20日 00:51
ボトルを拾ってくださり、ありがとうごさいました。
住むところは無事にみつかり、新しい生活へ向けて準備を進めているところです。

熊本へは若い頃に一度だけ旅行したことがあります。
熊本城へ行きました。
町の人に道を尋ねたら丁寧に教えてくれました。
お城のことをとても誇りに思っているのだなぁという印象を受けた記憶があります。

お相撲は、日本人でありながら、あまり知らず、国技館へ一度行ったことがあるのですが、ピアノのコンサートのためでした。
これも縁ですので、今後はもう少し興味をもって触れてみようと思います。
Posted by papu at 2008年03月15日 21:30
papu様

今年、熊本城は、築城400年を迎えます。

この歴史の1ページの本年、熊本にとっても、私達県民にとっても、

あたらしい400年に向け、熊本城と相撲の歴史を正しく伝承していきたい。

その想いが、私達NPOの存在意義です。

実際、熊本でさえ知らない人が増えているのが実情です。

1日1歩でも、少しずつ前進していきます。

これからも応援よろしくおねがいします。
Posted by 行司行司 at 2008年03月15日 23:30
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